愛で溢れる

2011-12-31

 

いよいよ新年へのカウントダウン

日本や地球規模で思い返したとき
とても大変な年でした

大きなことも小さなことも
傷が傷で終わらぬよう
無駄にしたり
見過ごすなどないように
力強く前に進めることを考えたい

***
気を取りなおし
年のしめくくりにしておきたいことのひとつ
本日は
朝いちばん
京都市中央局へ年賀状を出しに
ということで
元旦には間に合わない

不覚

思うことあり
今年は全て手書きに
私は何故か
昔から
文字を書くのが好きで好きで仕方ない
文章を創意することがでなく
とにかく白い紙にかいていくのが
理由なんてなく
愛で溢れてハッピーでしかたなくなります
ほんとにほんとに
嫌い
とかいても
好き
になってしまいます
ということで
私の文字には
ひどくポジティブな気持ちが意図せずとものります
でもちゃんと
意識的にも
おひとりおひとりに
一枚一枚に
幸運の龍が舞い降りる一年でありますようにと気持ちを込めて

なんだか
オカルトっぽい話になってきたけど
なんの宗教や占いの話もする気もありませぬ

今年は一枚づつに
辰ぽいものを描きたかった
龍を具体的に
いつもの調子でひとつづつ描いていったら
時間がかかりすぎて龍を飛び越えて巳年になってしまうかも
というので
なんとか抽象化というか記号的にできないかと私なりに描いてたら
雲みたいになった
ふむ
雲龍ってどんな意味だっけ

抽象化とはいつもの制作の意志の逆です
普段の日本画制作では

具象的な形態
(そこに咲いた花やここに在る鳥の巣)
のかたちを頂き、
描きながら
いかに
抽象的なもの
(優しさなど)
を込められるか
に挑戦したいと思っている

抽象化を視覚的に極めたら

になりそうだし

わからないけれど

字を書くのは思想的にでなく行為ですきな俗人だから
まだまだ
描かせて欲しい

なにはともあれ
視覚的には
具象的な形態の枠をはみださずにどこまで美を極められるかに
挑戦していきたいなと

つまり
本当のとこ
描くことは
描く理由の根本は
幸せな気持ちになって仕方ないからという
色んな意味での告白でもありました

小さいころから
お勉強よりも
絵や字ばっかりかいてきたけれど
その頃と比べ物にならないくらい
どんどんかくことが好きになる
幸せな気持ちでいられる
それは
やっぱり増えておおきくなっているからだと思う
描くことを
支えてくださっている方々
絵を通して
出会う人
見て下さる方々
応援下さる方々
絶対的な人数の意味でなく
含有量というか
そのことの自分自身の自覚のことか

ありがとうございます

描くことがそもそもそういう行為だ
俗なんだということを上で描いたけど
具体的な(制限のある)形態をとりながら
優しさのような抽象的なものをいかに込められるか
含有量を増やせるか?
ということと
つながるかもしれない
***

2011年最後の日は愛を叫んだよ

精神的にも具体的にもたくさんのものを頂きました
一年を本当にありがとうございました

皆様にとって愛で溢れるお年をお迎えください
優しく愛でいっぱいの龍がやってきますように

新しい年も宜しくお願い申し上げます